黄金の世代 2
1852年5月、ロンドンに向かう1人の男は、次の様な光景を目にしました。
列車には、世界の反対側へ向かおうとする労働者でいっぱいの貨車が連結されています。
「あれは向こうに行ったら住むことになる、まあ家の様なものさ。」
・・・と、たくましい手をした機械工が、たくさんの人でごった返すプラットフォームで、たる木形の張り出し窓のついた、真新しい駅舎を見上げてもう1人の男に言いました。
ニューカッスルからも、ロンドンからも、あらゆる階層、あらゆる年令の人々が、船に乗り込もうと押しかけて来ていました。
肉体労働には不慣れな人々でさえも、簡単に財産が手に入るという期待に目がくらみ、オーストラリアに引き寄せられていました。
小説家のチャールズ・ディケンズは、船会社の事務所で「押しあい、へしあい」している群集の模様を描写しました。
多勢の銀行員、商店の若者、輸出入品管制官、駆け出しの出納係り達が、一体どこへ行くつもりか、何をするつもりなのかもわからないままどっと押し寄せ、何とかして移民船に乗り込める様、抜け目のない船舶業者に便宜を図ってもらおうとしました。
これらの移民船はチーク製の船で、底板には銅が使われ、留め金は2重構造を持っていました。
進む速度も速く、また船医も乗り込んでいました。